◆ 還城楽物語と幸若舞「入鹿」 ◆ 舞楽・陵王の由来の変化(考察) ◆

 還城楽物語 




『還城楽物語』について

 「舞楽・陵王」の項でちょっと紹介しましたが、まずはこの物語のあらすじを紹介したいと思います。


 龍王の治める龍国と、還城楽の治める還国は隣り合い、龍王の娘・馬頭女が城楽のもとに嫁いでいた。馬頭女が還国に来て3年経ったある日、城楽は妻に言った。
「私はおまえの母国・龍国を併呑し、治めたい。そのためには、おまえの父が邪魔なのだ」 馬頭女の父・龍王は、生まれたときから金を食して不死身の体になったという。不死身の王がいては、城楽は野望を果たせない。馬頭女は父と夫との板ばさみに苦しんだが、愛しい夫の願いを聞き入れることにした。

 馬頭女は密かに故国に戻り、父の寝込みを襲う。しかし不死身に体に刃物は通じず、果たすことはかなわなかった。襲撃者が己が娘と知った龍王は、城楽の陰謀と知りながらも娘かわいさに己の唯一の弱点と絶命方法を教えてしまう。馬頭女は還国にとってかえし、城楽にいきさつを語る。城楽は喜んで急ぎ二人で龍国に行き、教えられた方法で龍王を殺め、埋葬した。

 城楽が野望を果たして3年が経ったある日、城楽は馬頭女をもう用済みと後宮から追いやってしまう。輿も車も供の一人もなく追い出され、打ちのめされた馬頭女は、泣く泣く今はなき故国・龍国の地を目指す。たどりついた馬頭女は、まっすぐ父の廟にむかい、墓の下の父にもう一度声を聞かせてくれと嘆く。その呼びかけに応え、亡き龍王の声がした。声は、もと龍国の人臣を集め、自分の遺骨を集めてもとの形に繋げよという。言われるままに墓を暴き遺骨を継ぐと、龍王はかつての姿そのままに復活する。

  よみがえった龍王は、自分ばかりか娘までもこんな目に遭わせた城楽に恨みを晴らそうと人を集め、還国を攻撃する。突然の攻撃、しかも3年前に殺したはずの竜王がその兵を率いていると聞き、城楽は驚く。しかし冷静に城門を閉ざして守りを固めた城楽に敵わず、龍王は敗れ、兵を引く。

  さて、ここからが舞楽パロディたるところの最大の見せ場(実はこの前に2ヶ所、舞楽パロなところがあるんだけれど、割愛してしまった。筋というよりエッセンス的に使われているので。ごめん、城楽 )。
 兵も散り散りになり、3人だけになってしまった龍王、馬頭女、納曽利の大臣。途方にくれる3人に、天から声がする。
 「龍王よ、この戦に勝ちたいと思うなら、娘の馬頭女に撥返りを舞わせ、納曽利の大臣に秘書の舞を舞わせ、その後龍王が入り日を3度招けば、西に傾く日が再び高くなるであろう。その時、天の軍が天下って味方すれば、負けることはない」
  龍王は天の声のとおり舞う。すると日は高くのぼり、天軍が天下る。これ以上ない援軍を得た龍王は、再び還国の都に攻め入る。神通力を操る天軍にはいくら守りを固めても通じず、ついに龍王は勝ち、城楽を捕らえる。 そして自分の敵を取り、国を取り戻した龍王は、龍国還国を治めた。

物語の登場人物名  物語中の舞の名前  舞楽の演目名
馬頭女 撥返り 抜頭
納曽利の大臣  秘書の舞 納曽利 
龍王 入り日を三度招く  陵王
還城楽 縄の舞 還城楽

 


還城楽物語には別バージョンがあった

 あらすじのとおり、『還城楽物語』は雅楽パロディな御伽草子です。この話、室町時代ごろの御伽草子ブームに乗って雅楽オタクが雅楽のエピソードをもとに創作した荒唐無稽なパロディだと私は思っていました。  ところが、もう一つ同じような話があったんですね。橘ゆずほさんにいただいた『羅生門の鬼』(平凡社東洋文庫)の「日を返す話 付魯陽公と陵王」というのがありまして、そこに幸若舞「入鹿」の挿話として、こんな話が紹介されています。


 れうきん国のれう王と玄城国の玄王は国境を争ってたびたび戦を繰り返していた。兵の数は玄国のほうが圧倒的に優勢であったが、れう国にはきんそん、きんらくという神通力を操る兄弟の猛将がおり、この2人に敵わない為、玄国は勝てずにいた。
 玄王は一計を案じ、美女を探し出してばとう女と名づけて養女とし、きんそんを婿に迎え、兄が玄国に行くならばと弟のきんらくもついていく。玄王は二人にこうして親子となったからには、れう王を討てと命じる。二人はしぶしぶ引き受け、れう国に戻ってチャンスをうかがう。
 二人の様子に気付いたれう王は、彼らのこれまでの忠義の見返りに、自分の命を与える。
 二人はれう王の遺言どおりに埋葬を済ませると、玄国に戻り、玄王にれう王が死んだこと
を伝える。れう王が死にさえすればもう二人は用済みと、玄王は二人を始末しようとする。
 二人の神通力は実はれう王あっての物だったため苦戦するが、なんとか突破し、れう国に逃げのびる。

 やっとのことでれう王の廟にたどり着くが、背後には玄国の軍が迫っていた。すると廟の下かられう王の声がし、墓を掘り起こし、四色の獅子に乗せ、鉾を与えれば、防いで見せようという。二人は声のとおりに骨を拾い継ぐと甦った王(ただし骨だけ)は玄国の兵を蹴散らしていく。
 しかしすでに日も暮れ、甦った王の力は夜の訪れとともに失せようとしていた。しかし入り日を招くと日は高く上った。これを見た玄国の兵たちは恐れをなして逃げていった。
物語の登場人物名  舞楽の演目名
ばとう女 抜頭
きんそん、きんらく 落蹲(らくそん=納曽利) 
れう王 陵王
玄王 還城楽

 この幸若舞「入鹿」の挿話は『還城楽物語』と筋は一緒であることはすぐわかると思います。
 これを読んで、私の『還城楽物語』に対する認識が誤っていたことと、何で平安時代から人気のあった「陵王」舞のモデルである長恭自身について、1000年もの間、日本で誰も調べたものがないのが今まで疑問だったのですが、これで理由がよくわかりました。
 この考察ついてはまた別の項ででだいたいの推測を書こうと思っています。

附記:幸若舞のこと
    私、このページのアップ前日まで能と幸若舞を一緒にしてまして、橘ゆずほさんから
    その点の指摘を受けました(橘さん、ありがとうv)。能も幸若舞も同じ曲舞から発生
    しているのですが、扱う内容、形態、発展の経緯が違っています。能は説明の必要
    はないと思いますが、幸若舞は有名なところだと織田信長が舞っていた「敦盛」が
    そうです。てことで、能には「蘭陵王」は無いもよう。

 


 

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